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「五輪書」相手の攻撃を踏みつけよ

宮本武蔵『五輪書』  火之巻 けんをふむと云事  より。 7 けんを踏む 一 けんをふむと云事。 劔を踏と云心ハ、兵法に専用る儀也。 先、大なる兵法にしてハ、 弓鉄炮におゐても、敵、我方へうちかけ、 何事にてもしかくる時、 敵の弓鉄炮にてもはなしかけて、 其跡にかゝるによつて、又矢をつがひ、 鉄炮にくすりをこみ合するによつて、 又新しくなつて追込がたし*。 弓鉄炮にても、 敵のはなつ内に、はやかゝる心也。 はやくかゝれバ、矢もつがひがたし、 鉄炮もうち得ざる心也。 物ごとに敵のしかくると、 其まゝ其理をうけて、 敵のする事を踏付てかつこゝろ也。 又、一分の兵法も、 敵の打出す太刀の跡へうてバ、 とたん/\となりて、はかゆかざる所也。 敵のうち出す太刀ハ、 足にて踏付る心にして、打出す所を勝、 二度目を敵の打得ざる様にすべし。 踏と云ハ、足には限るべからず。 身にてもふミ、心にても蹈、 勿論太刀にてもふミ付て、 二の目を敵によくさせざる様に心得べし。 是則、物毎の先の心也。 敵と一度にと云て、ゆきあたる心にてハなし。 其まゝ跡に付心也。能々吟味有べし。 大きな兵法(合戦)では、弓や鉄炮の場合でも、敵がこちらへ攻撃をしたその後に、反撃しようとすれば、敵は次の攻撃体勢をつくってしまう。それでは敵を追い込むことが出来ない。 したがって、敵が攻撃を始めたその最中に、すぐに攻撃にかかることである。早めに反撃し敵に次の攻撃の準備をさせないことだ。 どんなことでも、敵が仕懸けてくれば、それさえも活用して、敵のすることを踏みつけて勝つということである。 また、一分の兵法(個人戦)でも、敵の打ち出す太刀の後へ打つという受身の心では、捗が行かないものである。敵の打ち出す太刀は、足で踏みつけにする心で、敵の打ち出すところを打勝ち、敵が二度目を打てないようにすべし。 踏むというのは、足に限ったことではない。身体でも踏み、心でも踏み、もちろん太刀でも踏みつけて、二度と攻撃ができないようにしてやる、そのように心得ること。これがすなわち、どんな場合でも、先(せん)の心である。 これは、敵と同時に正面からぶつかるという意味ではない。すぐさま後につく、という意味である。よくよく吟味あるべし。

「五輪書」フェイントで相手の思惑を見る

宮本武蔵『五輪書』  火之巻 かげをうごかすと云事  より。 一 かげをうごかすと云事。 かげをうごかすと云ハ、 敵の心のミへわかぬ時の事也。 大分の兵法にしても、 何とも敵の位の見わけざる時ハ、 我方より強くしかくる様にみせて、 敵の手だてを見るもの也。手だてを見てハ、 各別の利にて勝事、やすき所也。 又、一分の兵法にしても、 敵うしろに太刀を搆、脇に搆たる様なるときハ、 ふつとうたんとすれバ、 敵思ふ心を太刀にあらはすもの也。 あらはれしるゝにおゐてハ、其まゝ利をうけて、 たしかにかちをしるべきもの也。 油断すれバ、拍子ぬくるもの也。 能々吟味有べし。 陰を動かすというのは、敵の思惑が読めない時のことである。 大分の兵法(合戦)にしても、敵の態勢を見分けられない時は、こちらから強く攻撃を仕懸けるように見せて、敵の手だてを確認するのである。それが確認できれば、まったく別の戦法によって勝利は容易となる。 また、一分の兵法(個人戦)にしても、敵が後方に太刀を搆えたり、脇に搆えているような時は、こちらが「ふっ」と打つふりをすれば、敵の思いが太刀に現われるものである。それが分かれば戦いで優位に立てるのである。油断すれば、拍子が抜けることになる。よくよく吟味あるべし。

「五輪書」四つ手を放す

宮本武蔵『五輪書』  火之巻 四手をはなすと云事 一 四手をはなすと云事。 四手をはなすとハ、敵も我も、同じこゝろに、 はりあふ心になつては、 戦はかゆかざるもの也。 はりあふ心になるとおもハヾ、其まゝ心を捨て、 別の利にて勝事をしる也。 大分の兵法にしても、 四手の心にあれば、はかゆかず、 人も多く損ずる事也。はやく心を捨て、 敵のおもはざる利にて勝事、専也。 又、一分の兵法にても、 四手になるとおもハヾ、其まゝ心をかへて、 敵の位を得て、各別かはりたる利を以て 勝をわきまゆる事、肝要也。 能々分別すべし。 敵もこちらも同じ心持になって、張り合う気持になってしまうと、戦いの見通しがつかなくなるものである。意地の張り合いみたいなことになると思ったら、すぐにその心を捨てて、別の手を打ち確実に勝て。これが四つ手を放す、ということである。 大分の兵法(合戦)にしても、四つ手の心があっては、目処がつかず、兵も多く損耗することになる。早くその心を捨てて、敵の予想もしない利で勝つこと、これが大事である。 また、一分の兵法(個人戦)でも、四つ手になると思えば、ただちに心持を変えて、敵の態勢を把握して、まったく違う別の利を使って勝つ、それをわきまえることが肝要である。よくよく分別すべし。

「五輪書」枕をおさえる

宮本武蔵『五輪書』  火之巻 枕をおさえるという事 より抜粋。 一 枕を押ると云事。 枕をおさゆるとハ、 かしらをあげさせずと云所也。 兵法勝負の道にかぎつて、 人に我身をまはされて、あとにつく事、悪し。 ・・・ 枕を押ると云ハ、我実の道を得て、 敵にかゝりあふ時、敵何事にても思ふ 氣ざしを、敵のせぬうちに見しりて、 敵の打と云、うの字のかしらをおさへて、 跡をさせざる心、是枕をおさゆる心也。 ・・・ 敵我にわざをなす事につけて、 役にたゝざる事をば敵に任せ、 役に立ほどの事をバ、おさへて、 敵にさせぬやうにする所、兵法の専也。 これも、敵のする事をおさへん/\とする心、 後手也。先、我は何事にても、 道にまかせてわざをなすうちに、 敵もわざをせんと思ふかしらをおさへて、 何事も役にたゝせず、敵をこなす所、 是、兵法の達者、鍛錬の故也。 枕をおさゆる事、能々吟味有べき也。 枕を押さえるとは、敵に頭をあげさせない、ということ。 後手につくことはよくない。 枕を押さえるというのは、我が真実の道を会得して、敵にかかり合う時、敵が思うきざしを示さぬ内にそれを察知して、敵の「打」とうとする「う」の字も出させず押さえ、何もさせないこと、これが枕を押さえるという意味である。 敵の仕事は、役に立たない事ならさせて置き、役に立ちそうな事は押させて、させないようにすること、これが兵法で重要なことである。 が、敵のすることを、押さえよう、押さえようとするのも、実は後手である。 我が道に専念することによって敵の頭を押さえ、何事も役に立たせず、敵をこちらのいいように振り回すならば、これが兵法の達者であり、鍛錬の成果である。 枕を押さえること、よくよく吟味あるべきである。

「五輪書」奇特と稽古

宮本武蔵『五輪書』  火之巻 序 より抜粋。 ・・・ 先、世間の人毎に、兵法の利を ちいさくおもひなして、・・・ ・・・わづかのはやき利を覚へ、 手をきかせならひ、足をきかせならひ、 少の利のはやき所を専とする事也。・・・ 我兵法におゐて、・・・ ・・・敵をうちはたす所の鍛練を得るに、 ちいさき事、弱き事、思ひよらざる所也。・・・ ・・・命をはかりの打あひにおゐて、 一人して五人十人ともたゝかひ、 其勝道をたしかにしる事、我道の兵法也。 然によつて、一人して十人に勝、 千人をもつて万人に勝道理、 何のしやべつあらんや。能々吟味有べし。 さりなから、常/\の稽古の時、 千人万人をあつめ、此道しならふ事、 なる事にあらず。獨太刀をとつても、 其敵/\の智略をはかり、 敵の強弱、手だてを知り、兵法の智徳をもつて、 萬人に勝所をきはめ、此道の達者となり、 我兵法の直道、世界におゐて、たれか得ん、 又いづれかきはめんと、たしかに思ひとつて、 朝鍛夕錬して、みがきおほせて後、 獨自由を得、おのづから奇特を得、 通力不思儀有所、 是兵として法をおこなふ息也。 世間の人は、兵法の利を小さく考えており、僅かばかりの早さを習得しようと、手を利かせ習い、足を利かせ習い、少しばかりの利の早いところを第一としている。 我が兵法では、敵を打ち果すために、小さいこと、弱いことは、考えない。 命がけの打ち合いにおいて、一人で五人十人とも戦って、その勝つ道を確実に知ること、それが我が道の兵法である。一人で十人に勝ち、千人で万人に勝つその道理をよく練るべし。 しかしながら、常に稽古の時、千人も万人も人を集めて、演習するわけにはいかない。一人で太刀をとっても、敵の智略を推測し、敵の強弱や作戦を察知し、兵法の智徳をもって万人に勝つところを極め、この道の練達者となり、我が兵法の直道(じきどう)を自ら率先して、朝にタに鍛練して磨き通すこと。そうすれば、自由自在に珍しい不思議な神通力が生じる。それが兵法の道を治めるこつである。

「五輪書」大工の棟梁に学ぶリーダーシップ

宮本武蔵『五輪書』  地之巻 兵法の道を大工にたとえ より抜粋。 ・・・ 大工の棟梁ハ、堂塔伽藍のすみかねを覚へ、 くうでんろうかくの指圖をしり、 人々をつかひ、家々を取立事、 大工の棟梁、武家の棟梁も同じ事也。 ・・・ 棟梁におゐて、大工をつかふ事、 其上中下を知り、或ハ床まはり、 或ハ戸障子、或ハ敷居、鴨居、 天井已下、それ/\につかひて、 あしきにハ、ねだをはらせ、猶悪きにハ、くさびを削せ、 人を見分てつかヘバ、 其渉行て、手ぎハ能もの也。 はかのゆき、手ぎハよきと云所、 物ごとをゆるさゞる事、たいゆうを知る事、 氣の上中下を知事、いさみをつくると云事、 むたいを知と云事、 か様の事ども、棟梁の心持に有事也。 兵法の利、かくのごとし。 大工の棟梁は、建築物全般の墨付けを覚え、宮殿楼閣の設計を理解し、人々を使い家を建てる。大工の棟梁も武家の大将も同じことである。 棟梁が大工を使う場合、その腕前に応じて、ある者は床廻り、ある者は戸障子、ある者は敷居・鴨居・天井など、それぞれに振り分け、腕の悪い者には根太(ねだ)を張らせ、もっと悪いのには楔(くさび)を削らせる。人を見分けて使えば、捗どって手際のよいものである。 捗り、手際がよいというところは、何事も緩めず厳しく、実体と機能、気質の上中下をよく知り生かし、勇み勢いをつくり出し、でたらめなことはしない。 このようなことが、棟梁の心持にあることである。 兵法の利も、これと同じである。

「五輪書」武士の心得

宮本武蔵『五輪書(ごりんのしょ)』  地之巻より抜粋。 ・・・ 大かた武士の思ふ心をはかるに、 武士ハたゞ、死と云道を嗜む事と 覚ゆるほどの儀也。 死道におゐてハ、武士ばかりに限らず、 出家にても女にても、百姓以下に至迄、 義理をしり、恥をおもひ、死する所を 思ひきる事は、其差別なきもの也。 武士の兵法をおこなふ道ハ、 何事におゐても、人にすぐるゝ所を本とし、 或ハ一身の切合に勝、或ハ数人の戦に勝、 主君のため我身のため、 名をあげ身をもたてんとおもふ、 これ兵法の徳を以てなり。 又、世の間に、兵法の道を習ても、 實のとき、役にハ立まじきとおもふ 心あるべし。其儀におゐては、 何時にても役に立様に稽古し、 万事に至り、役に立様におしゆる事、 是兵法の実の道也。 武士なら、死という道を嗜むことを心得ているものだが、 しかし、それは武士に限らず出家者も女も百姓でさえも、義理を知り恥を思い、死に臨んで思い切る心は同じだろう。 ならば武士なら、兵法において人より優れ、戦いで勝て。 主君のため我身のために、武士が名を揚げ身が立つのも、これは兵法によるのである。 世間では、兵法を習っても実践では役に立たないと考えるだろうが、 いつでも役に立つように万事稽古するのが真の兵法の道なのである。

台湾の大学生が作った動画「日本人に伝えたいこと」

台湾の大学生が作った動画「日本人に伝えたいこと」がYou Tubeにアップされ、たくさんのコメントがついている。 物事は両面見なければいけない。日本人は戦後長らくの間、先の大戦のことを片面しか教わってこなかった。無理もない、米国も朝鮮も支那もこぞって日本人を貶めることにやっきになっているからだ。露助はあまり干渉してこないだけまだましだ。 真実は公には伏せられている。真実が知られると不利になる国の人々がそれを叩くからだ。彼らは戦後から日本の支配層を牛耳っている。彼らがいる限り売国が銭になるのだ。彼らが世相をコントロールしている以上、それに乗ったほうが安全だからだ。逆らい真実を言うことは危険で孤立し、人生が狂いかねないのだ。 日本国民は間違った歴史を教えられそれを信じ込んでいる。しかしアジアのほとんどの国は真実を知っている。その中で今回台湾の学生が日本人に向けて声をあげた。その動画は内容自体新しいものはない。既出のものだ。しかし世界にではなく、日本人に訴えかけているところが、胸を打つ。だから多くのコメントが寄せられているのだろう。 東日本の義援金といい、歴史認識といい、日本を応援してくれる台湾に感謝。 ---You Tube--- 『日本人に伝えたいこと』 作成者: netuyoable 自己紹介: 日本滞在歴が長いので、心はすっかり日本人になってしまいました 年齢: 20 居住地: 日本 国: 台湾 職業: 大学生 今の日本人を見て、がっかりしています。どうして自分たちに誇りを持てないのですか。 どうして日本人であることに対して卑屈なのですか。 すばらしい歴史や文化があるのに、­一番日本を蔑んでるのは日本人自身です。

アンパンマン

アンパンマンのマーチ  歌詞: なんのために生まれて  なにをして生きるのか  こたえられないなんて  そんなのは嫌だ アンパンマンのテーマは深い。 もちろんアンパンマンはこの問いに答えられる。 しかし多くの人は即座に答えられないだろう。 自分が何のために生まれ、何をして生きるのか。もし答えられたとして20年後30年後も変わらず同じように答えているだろうか。 やなせたかし「あんぱんまん」あとがきより ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、 そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。 そしてそういう捨身、献身の心なくしては正義は行えませんし、 また、私たちが現在、ほんとうに困っていることといえば物価高や、公害、飢えということで、 正義の超人はそのためにこそ、たたかわねばならないのです。 あんぱんまんは、やけこげだらけのボロボロの、こげ茶色のマントを着て、 ひっそりと、はずかしそうに登場します。 自分を食べさせることによって、飢える人を救います。 それでも顔は、気楽そうに笑っているのです。 さて、こんな、あんぱんまんを子どもたちは、好きになってくれるでしょうか。 それとも、やはり、テレビの人気者のほうがいいですか。  画像引用:http://matome.naver.jp/odai/2131475673692300601 正義とは実は簡単なことなのです。 困っている人を助けること。 ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を「正義」と呼ぶのです。 ―やなせたかし―

修身二十則

山岡鉄舟(やまおか てっしゅう) 日本の武士(幕臣)、政治家、思想家。爵位は子爵。剣・禅・書の達人としても知られる。 鉄舟は号、他に一楽斎。通称は鉄太郎(鐵太郎)。諱は高歩(たかゆき)。一刀正伝無刀流(無刀流)の開祖。「幕末の三舟」のひとり。 恩を知らない者は人間ではない。強くなる者は力を誇示し力で相手をねじ伏せるような無法者ではない。 礼節を重んじ、正義を追求し、自らを律する者である。 最大の敵は自分自身の内にある、怠惰とか利己的な心とか妥協や嘘など。心の内は誰も見ていない。誰にも知られない。しかし自分と神が知っている。 自己との戦いに勝つ者こそ真に強くなれる! 修身二十則 一、嘘を言うべからず 一、君の御恩忘れるべからず 一、父母の御恩忘れるべからず 一、師の御恩忘れるべからず 一、人の御恩忘れるべからず 一、神仏ならびに長者を粗末にすべからず 一、幼者を侮るべからず 一、己に心よからず事 他人に求めるべからず 一、腹をたつるは道にあらず 一、何事も不幸を喜ぶべからず 一、力の及ぶ限りは善き方に尽くすべし 一、他を顧して自分の善ばかりするべからず 一、食する度に農業の艱難をおもうべし 草木土石にても粗末にすべからず 一、殊更に着物を飾りあるいはうわべをつくろうものは心濁りあるものと心得べし 一、礼儀をみだるべからず 一、何時何人に接するも客人に接するよう心得べし 一、己の知らざることは何人にてもならうべし 一、名利のため学問技芸すべからず 一、人にはすべて能不能あり、いちがいに人を捨て、あるいは笑うべからず 一、己の善行を誇り人に知らしむべからず すべて我心に努むるべし

日本は負けてない

多母神元航空幕僚長の発表した論文が最優秀賞になったことでよく知られるアパグループの懸賞論文に、ドクター中松こと中松義郎博士の論文が登場。 ドクター中松氏がこういう人だとは多くの人が知らないと思う。 戦後の歴史認識を覆す内容で一読をお勧めする。 アパグループの懸賞論文優秀賞(社会人部門) 題名【日本は負けていない】   ~超経験者しか知らない真実~ 著者 中松義郎博士 http://www.apa.co.jp/book_ronbun/vol4/yushu2011japan.html  昭和二十年八月一五日正午、その日は天文台によると三十三度で特に暑かった。突然「第二種軍装(夏用麻製仕立)ノ正装ニテ至急整列スベシ」との館内モールス信号で校庭に集合し直立不動で汗を流しながら待つ我々帝国海軍機関学校最後の海機五十八期生(昭和二十年に海軍兵学校と合併)は、最後の帝国海軍将校生徒として整列しラジオから流れる玉音放送を聞いた。  海軍機関学校の入学試験の体格検査で七十五センチだった胸囲が入校後の猛訓練と猛鍛錬で僅か三ケ月で百四センチになった巨大な胸が歴史上初めての玉音放送に大きく高鳴った。   しかしラジオの雑音が多く、よく聞き取れない。  「本土決戦が近いので頑張るようにとの天皇陛下御自らの激励のお言葉」と全員が受け取った。当時の日本人は全国民が「歴史上敗れたことがない神国日本は最後には必ず勝つ」と信じており、全国民誰一人として日本が負けるなどと考える者はいなかった。特に軍は全軍士気旺盛だった。   現に私のいた舞鶴軍港は二十四時間軍艦を造るリベット音が絶えず、食糧、武器、弾薬が豊富で、いつでも敵を迎え撃つ準備が連日連夜進められていた。 会 原爆研究については陸軍が東京帝大の仁科博士と理研に開発を依頼した「二号研究」 (海軍は京都帝大と「F研究」)として行い濃縮ウランは海軍が潜水艦でドイツから運ぶ手配がされ、出来た原爆の第一弾をハワイに落とす作戦を杉山参謀総長は陛下に上奏したが、陛下は「原爆という非道なものは使うべきでない。 特にハワ イには日本人が多いので却下する。」となり杉山参謀総長は解任され、東條首相が参謀総長を兼務することになった経過がある。  ...

千日回峰行

世界三大荒行の一つとされる、天台宗の修行に千日回峰行という荒行がある。 ---Wikiより引用--- 千日回峰行は、平安期の相応が始めたとされ、十二年籠山行を終え、百日回峰行を終えた者の中から選ばれたものだけに許される行である。行者は途中で行を続けられなくなったときは自害するという決意で、首を括るための死出紐と呼ばれる麻紐と、両刃の短剣を常時携行する。頭にはまだ開いていない蓮の華をかたどった笠をかぶり、白装束をまとい、草鞋ばきといういでたちである。回峰行は七年間にわたる行である。 無動寺谷で勤行のあと、深夜二時に出発。真言を唱えながら東塔、西塔、横川、日吉大社と二百六十箇所で礼拝しながら、約30キロを平均6時間で巡拝する。 700日目の回峰を終えた日から「堂入り」が行なわれる。入堂前には行者は生き葬式を行ない、無動寺谷明王堂で足かけ九日間(丸七日半ほど)にわたる断食・断水・断眠・断臥(「臥」とは、横たわること)の行に入る。堂入り中は、明王堂には五色の幔幕が張られ、行者は不動明王の真言を唱え続ける。毎晩、深夜2時には堂を出て、近くの閼伽井で閼伽を汲み、堂内の不動明王にこれを供えなければならない。堂入りを満了(堂さがり)すると、行者は生身の不動明王ともいわれる大阿闍梨(だいあじゃり)となり、信者達の合掌で迎えられる。これを機に行者は自分のための自利行(じりぎょう)から、衆生救済の化他行(けたぎょう)に入り、これまでの行程に京都の赤山禅院への往復が加わり、1日約60キロの行程を100日続ける。7年目は200日ではじめの100日は全行程84キロにおよぶ京都大回りで、後半100日は比叡山中30キロの行程に戻り、千日を満行する。この行を終えた行者は延暦寺の記録では47人である。またこの行を2回終えた者が3人おり、その中には現存の酒井雄哉大阿闍梨も含まれる。 (引用終わり) 千日回峰行は、比叡山の峰々や都を7年間かけて通算1000日、4万Kmも歩くという荒行である。 1年目 100日 30km 255ヵ所巡礼 2年目 100日     〃 3年目 100日     〃 4年目 200日     〃 5年目 200日     〃         (通算700日) 堂入り: 9日間の「断食、断水、不...

日蓮宗の荒行

インドのヨーガ、天台宗の千日廻峰行と共に、世界の三大荒行の一つといわれる日蓮宗の荒行を紹介したい。 毎年11月1日から2月1日までの100日間、毎年大勢の僧侶が全国から集まり、下界との接触を断ち、結界の張られた加行所(けぎょうしょ)という場所で厳しい修行が行われる。 主に水行(すいぎょう)と読経(どきょう)を中心とした修行で、1日7回決まった時間の水行と、1日10時間以上の読経を繰り返す。食事は朝夕の2回お粥と汁のみ、睡眠時間は午前0時から3時までの3時間。これを極寒の中100日間。 睡魔と飢餓、寒さに耐え、自己を鍛えぬく僧侶。 修行者は清浄衣(しょうじょうえ)という白衣を着るが、これは死に装束を意味し、修行中、死んでもかまわないという覚悟の表れだという。 <修行中の日課> 02時30分   起床       15時00分   水行        03時00分   水行                 読経           読経       17時30分   夕食 05時30分   朝食       18時00分   水行 06時00分   水行                 読経           読経       22時00分   水行  09時00分   水行       23時30分   就寝           読経 12時00分   水行           読経 日蓮宗ではこの荒行を成し遂げた僧侶のみが祈祷の秘法を授かり、厄除けなどの加持祈祷を行えるとしている。日蓮僧の誰もが参加しなければならないわけではなく、教化活動を行う修法師の資格を取るために入行するものが多いという。 現在荒行は千葉県市川市中山、法華経寺行堂、遠寿院行堂の二か所で行なわれており、その指導者はこの荒行を何度も行なった者で、責任者が正伝師、次が副伝師、5回以上が参籠、5回が五行、4回が再々行、3回が三行、2回が再行、1回が初行、と呼ばれている。 以下は荒行を表す言葉。  寒水自粥凡骨将死(カンスイビャクジュクボンコツショウシ)  理懺事悔聖胎自生(リザンジゲショウタイジショウ)  冷たい水を浴び、お粥を食べ、死ぬ程の厳しい修行を通じて  ...

教育勅語

「教育ニ関スル勅語」(教育勅語)は、1890年(明治23年)10月30日に、明治天皇の名で発表された勅語。日本人が先祖から受け継いできた人としての徳目、普遍的な美徳が述べられている。敗戦後にGHQとそれに迎合した日本人らによって排除された。 教育勅語で言われていることは日本人にとってはどれも当たり前のことばかりで何も難しいことはない。誰がどう排除しようと邪魔しようと、この教えが日本から廃れることは決してない。真理は隠せるものではない。人の心から奪うことはできない。 教育勅諭の現代語訳  (国民道徳協会による訳文) 私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。 そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。  国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。 そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。  このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。 教育勅語 十二の徳目 孝行    親に孝養をつくしなさい。  友愛    兄弟・姉妹は仲良くしなさい。  夫婦の和 夫婦は...