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11月, 2011の投稿を表示しています

機長「衝撃に備えてください」

TEDの講演会で、2009年1月、ニューヨークハドソン川に不時着した1549便の最前列に座っていたリック・エリアス氏が、降下を続ける機体の中で、心をよぎった思いを語る。 「人生は突然何もかも変わる」 これは何も墜落する飛行機に乗っていなくても、やがて誰もが悟ることだが、その時にはすでに取り返しがつかないことが多い。彼が見たものとは? TED(Technology Entertainment Design)とは、アメリカのカリフォルニア州モントレーで年一回、講演会を主催しているグループのこと。講演者には著名人が多く、学者や実業家、政治家などの講演が聴ける。 ◆リック・エリアス 『不時着事故から学んだ三つのこと』(講演5分) http://www.ted.com/talks/lang/ja/ric_elias.html

修身二十則

山岡鉄舟(やまおか てっしゅう) 日本の武士(幕臣)、政治家、思想家。爵位は子爵。剣・禅・書の達人としても知られる。 鉄舟は号、他に一楽斎。通称は鉄太郎(鐵太郎)。諱は高歩(たかゆき)。一刀正伝無刀流(無刀流)の開祖。「幕末の三舟」のひとり。 恩を知らない者は人間ではない。強くなる者は力を誇示し力で相手をねじ伏せるような無法者ではない。 礼節を重んじ、正義を追求し、自らを律する者である。 最大の敵は自分自身の内にある、怠惰とか利己的な心とか妥協や嘘など。心の内は誰も見ていない。誰にも知られない。しかし自分と神が知っている。 自己との戦いに勝つ者こそ真に強くなれる! 修身二十則 一、嘘を言うべからず 一、君の御恩忘れるべからず 一、父母の御恩忘れるべからず 一、師の御恩忘れるべからず 一、人の御恩忘れるべからず 一、神仏ならびに長者を粗末にすべからず 一、幼者を侮るべからず 一、己に心よからず事 他人に求めるべからず 一、腹をたつるは道にあらず 一、何事も不幸を喜ぶべからず 一、力の及ぶ限りは善き方に尽くすべし 一、他を顧して自分の善ばかりするべからず 一、食する度に農業の艱難をおもうべし 草木土石にても粗末にすべからず 一、殊更に着物を飾りあるいはうわべをつくろうものは心濁りあるものと心得べし 一、礼儀をみだるべからず 一、何時何人に接するも客人に接するよう心得べし 一、己の知らざることは何人にてもならうべし 一、名利のため学問技芸すべからず 一、人にはすべて能不能あり、いちがいに人を捨て、あるいは笑うべからず 一、己の善行を誇り人に知らしむべからず すべて我心に努むるべし

映画レンジャー

レンジャー訓練が映画になって公開中! 富士学校の幹部レンジャー課程に密着した91日間のドキュメンタリー。 脈々と受け継がれていってほしい。 『RANGER  ~陸上自衛隊 幹部レンジャー訓練の91日』 2011年11月19日より全国順次公開中! ---予告編--- http://www.ranger91.net/trailer.html ---クレジット--- 監督:田口清隆  企画プロデューサー:杉山剛 プロデューサー:村山明 島野伸一  コーディネート:越康広(ビッグファイタープロジェクト)  ナレーション:樫井笙人(81プロデュース)  音楽:原成淑 監督補:三島祐  撮影:田口清隆 三島祐 村川聡 河合信治  スチール:遠山高広 デジタル・エフェクト:上村勇一郎  MA:STUDIO NAO 題字:小滝賢吾  協力:陸上幕僚監部広報室 陸上自衛隊富士学校広報班  宣伝協力:トラヴィス・エンタテインメント  配給宣伝プロデューサー:吉岡市雄  制作:トラヴィス・エンタテインメント/マジカル 2011年/日本/16:9/HD/101分   配給:マジカル 製作:ソニー・ミュージックエンタテインメント  (c)Sony Music Entertainment(Japan)Inc.

5分でみる世界の戦争(過去1000年分)

西暦1000年~2008年に起きた 戦争 を爆発のイメージによって視覚化している。 爆発の規模とラベルの大きさは死傷者数を表している。英語版Wikipediaが元にされているが中国などリストが不備なため抜けているところもあるという。 ---You Tube--- World Battleground, 1000 years of war in 5 minutes

日本は負けてない

多母神元航空幕僚長の発表した論文が最優秀賞になったことでよく知られるアパグループの懸賞論文に、ドクター中松こと中松義郎博士の論文が登場。 ドクター中松氏がこういう人だとは多くの人が知らないと思う。 戦後の歴史認識を覆す内容で一読をお勧めする。 アパグループの懸賞論文優秀賞(社会人部門) 題名【日本は負けていない】   ~超経験者しか知らない真実~ 著者 中松義郎博士 http://www.apa.co.jp/book_ronbun/vol4/yushu2011japan.html  昭和二十年八月一五日正午、その日は天文台によると三十三度で特に暑かった。突然「第二種軍装(夏用麻製仕立)ノ正装ニテ至急整列スベシ」との館内モールス信号で校庭に集合し直立不動で汗を流しながら待つ我々帝国海軍機関学校最後の海機五十八期生(昭和二十年に海軍兵学校と合併)は、最後の帝国海軍将校生徒として整列しラジオから流れる玉音放送を聞いた。  海軍機関学校の入学試験の体格検査で七十五センチだった胸囲が入校後の猛訓練と猛鍛錬で僅か三ケ月で百四センチになった巨大な胸が歴史上初めての玉音放送に大きく高鳴った。   しかしラジオの雑音が多く、よく聞き取れない。  「本土決戦が近いので頑張るようにとの天皇陛下御自らの激励のお言葉」と全員が受け取った。当時の日本人は全国民が「歴史上敗れたことがない神国日本は最後には必ず勝つ」と信じており、全国民誰一人として日本が負けるなどと考える者はいなかった。特に軍は全軍士気旺盛だった。   現に私のいた舞鶴軍港は二十四時間軍艦を造るリベット音が絶えず、食糧、武器、弾薬が豊富で、いつでも敵を迎え撃つ準備が連日連夜進められていた。 会 原爆研究については陸軍が東京帝大の仁科博士と理研に開発を依頼した「二号研究」 (海軍は京都帝大と「F研究」)として行い濃縮ウランは海軍が潜水艦でドイツから運ぶ手配がされ、出来た原爆の第一弾をハワイに落とす作戦を杉山参謀総長は陛下に上奏したが、陛下は「原爆という非道なものは使うべきでない。 特にハワ イには日本人が多いので却下する。」となり杉山参謀総長は解任され、東條首相が参謀総長を兼務することになった経過がある。  ...

千日回峰行

世界三大荒行の一つとされる、天台宗の修行に千日回峰行という荒行がある。 ---Wikiより引用--- 千日回峰行は、平安期の相応が始めたとされ、十二年籠山行を終え、百日回峰行を終えた者の中から選ばれたものだけに許される行である。行者は途中で行を続けられなくなったときは自害するという決意で、首を括るための死出紐と呼ばれる麻紐と、両刃の短剣を常時携行する。頭にはまだ開いていない蓮の華をかたどった笠をかぶり、白装束をまとい、草鞋ばきといういでたちである。回峰行は七年間にわたる行である。 無動寺谷で勤行のあと、深夜二時に出発。真言を唱えながら東塔、西塔、横川、日吉大社と二百六十箇所で礼拝しながら、約30キロを平均6時間で巡拝する。 700日目の回峰を終えた日から「堂入り」が行なわれる。入堂前には行者は生き葬式を行ない、無動寺谷明王堂で足かけ九日間(丸七日半ほど)にわたる断食・断水・断眠・断臥(「臥」とは、横たわること)の行に入る。堂入り中は、明王堂には五色の幔幕が張られ、行者は不動明王の真言を唱え続ける。毎晩、深夜2時には堂を出て、近くの閼伽井で閼伽を汲み、堂内の不動明王にこれを供えなければならない。堂入りを満了(堂さがり)すると、行者は生身の不動明王ともいわれる大阿闍梨(だいあじゃり)となり、信者達の合掌で迎えられる。これを機に行者は自分のための自利行(じりぎょう)から、衆生救済の化他行(けたぎょう)に入り、これまでの行程に京都の赤山禅院への往復が加わり、1日約60キロの行程を100日続ける。7年目は200日ではじめの100日は全行程84キロにおよぶ京都大回りで、後半100日は比叡山中30キロの行程に戻り、千日を満行する。この行を終えた行者は延暦寺の記録では47人である。またこの行を2回終えた者が3人おり、その中には現存の酒井雄哉大阿闍梨も含まれる。 (引用終わり) 千日回峰行は、比叡山の峰々や都を7年間かけて通算1000日、4万Kmも歩くという荒行である。 1年目 100日 30km 255ヵ所巡礼 2年目 100日     〃 3年目 100日     〃 4年目 200日     〃 5年目 200日     〃         (通算700日) 堂入り: 9日間の「断食、断水、不...

日蓮宗の荒行

インドのヨーガ、天台宗の千日廻峰行と共に、世界の三大荒行の一つといわれる日蓮宗の荒行を紹介したい。 毎年11月1日から2月1日までの100日間、毎年大勢の僧侶が全国から集まり、下界との接触を断ち、結界の張られた加行所(けぎょうしょ)という場所で厳しい修行が行われる。 主に水行(すいぎょう)と読経(どきょう)を中心とした修行で、1日7回決まった時間の水行と、1日10時間以上の読経を繰り返す。食事は朝夕の2回お粥と汁のみ、睡眠時間は午前0時から3時までの3時間。これを極寒の中100日間。 睡魔と飢餓、寒さに耐え、自己を鍛えぬく僧侶。 修行者は清浄衣(しょうじょうえ)という白衣を着るが、これは死に装束を意味し、修行中、死んでもかまわないという覚悟の表れだという。 <修行中の日課> 02時30分   起床       15時00分   水行        03時00分   水行                 読経           読経       17時30分   夕食 05時30分   朝食       18時00分   水行 06時00分   水行                 読経           読経       22時00分   水行  09時00分   水行       23時30分   就寝           読経 12時00分   水行           読経 日蓮宗ではこの荒行を成し遂げた僧侶のみが祈祷の秘法を授かり、厄除けなどの加持祈祷を行えるとしている。日蓮僧の誰もが参加しなければならないわけではなく、教化活動を行う修法師の資格を取るために入行するものが多いという。 現在荒行は千葉県市川市中山、法華経寺行堂、遠寿院行堂の二か所で行なわれており、その指導者はこの荒行を何度も行なった者で、責任者が正伝師、次が副伝師、5回以上が参籠、5回が五行、4回が再々行、3回が三行、2回が再行、1回が初行、と呼ばれている。 以下は荒行を表す言葉。  寒水自粥凡骨将死(カンスイビャクジュクボンコツショウシ)  理懺事悔聖胎自生(リザンジゲショウタイジショウ)  冷たい水を浴び、お粥を食べ、死ぬ程の厳しい修行を通じて  ...

教育勅語

「教育ニ関スル勅語」(教育勅語)は、1890年(明治23年)10月30日に、明治天皇の名で発表された勅語。日本人が先祖から受け継いできた人としての徳目、普遍的な美徳が述べられている。敗戦後にGHQとそれに迎合した日本人らによって排除された。 教育勅語で言われていることは日本人にとってはどれも当たり前のことばかりで何も難しいことはない。誰がどう排除しようと邪魔しようと、この教えが日本から廃れることは決してない。真理は隠せるものではない。人の心から奪うことはできない。 教育勅諭の現代語訳  (国民道徳協会による訳文) 私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。 そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。  国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。 そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。  このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。 教育勅語 十二の徳目 孝行    親に孝養をつくしなさい。  友愛    兄弟・姉妹は仲良くしなさい。  夫婦の和 夫婦は...

防衛大学校の卒業式における吉田茂の訓示

1957年(昭和32年)2月防衛大学校第1回卒業式での総理大臣訓示。 ------------------------------------------------------------------- 君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく、自衛隊を終わるかもしれない。きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。 しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。 言葉を換えれば、君達が日陰者である時の方が、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい。 一生御苦労なことだと思うが、 国家のために忍び堪え頑張ってもらいたい。 自衛隊の将来は君達の双肩にかかっている。 しっかり頼むよ。     1957年(昭和32年)3月26日 防衛大学校 第1期学生 卒業式にて                       吉田茂 元内閣総理大臣 訓示 ------------------------------------------------------------------ 自分が現職の頃は今のように自衛隊が活躍しているような場面をテレビで見ることはまずなかった。自衛隊がニュースで取り上げられるのは自衛隊機が墜落しただの、現職自衛官が逮捕されただのという、そんなのばかりが報道された。 海外派遣の時も左翼が駐屯地の前でデモを行い、自衛官に罵声を浴びせていた。とにかく何か目立てば各方面から叩かれまくった。もちろん支持してくれる人達もいるには違いないが、そういう人達や団体も世間一般からは、ちょっと変わった風に見られていたと思う。日本社会の風潮がそんな感じだった。平和な日本、モノはあふれカネ余りの浮かれた日本。しかし、自衛隊が日陰者である時の方が国民は平和なのである。だから自衛隊支持側は非難されようと黙して何も語らないのだ。 阪神大震災以降、自衛隊の災害派遣での活動が徐々に社会に認知されてきた。それは吉田総理大臣の訓示で述べられたように、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だからだ。 自衛隊が災害派遣で役に立つのは、日頃の厳しい軍...