スキップしてメイン コンテンツに移動

最終想定へ

 ある日の早朝。暗闇の中。
「ピッ」
俺達が寝ている天幕に笛が吹かれた。
その瞬間皆一斉に飛び起きた。
非常呼集だ。
「非常呼集。ただちに集合せよ。服装は迷彩服上下半長靴、弾帯……」
服装と集合場所を告げて助教がすぐに出て行った。
心の中で悲鳴を上げながらも全速力で着替え、靴を履く。
着替えながら煙草に火をつけ、枕元に置いておいた食べ物と栄養ドリンクをかきこんだ。
指定の場所へ全員そろって駆け足。整列して点呼報告。笛が鳴ってから報告が完了するまで、その間数分。
「総員16名。事故3。事故の内訳××××。現在員15名。その他健康状態異常なし!」
点呼終了。教官から命令が下達される。
次の新たな任務。レンジャー戦闘隊の編成。
そして今回の任務完了後の最終離脱目的地は駐屯地だということが告げられる。
駐屯地……!一瞬なつかしさが込上げる。
いよいよ最後の想定訓練に入るということだ。
第9想定。これがラストだ。
行動計画を立て、装備を整えたら出発準備となる。
最後の山場。長い想定訓練になりそうだが、ゴールは確かに存在し、そして近づいているのだ。
想定訓練中は疲労のせいで自分の人生の記憶が思い出せずに悩んだ。
断片的な記憶はあるが、あまりに今の自分の生活とはかけ離れすぎている。
レンジャー訓練以外の日々が消し飛んでしまっていた。
当時20歳だった俺にとって、その断片的だが思い出される記憶とは両親のことだった。
自分をここまで育ててくれた人の愛情が、自分に何があっても、まるで魔法のように効いていることを知った。
それだけは決して忘れない。
あと自分の好きな映画や音楽はよく覚えていた。ひたすら歩き続ける行軍ではこれらの記憶を積極的に思い出していた。
高校の時に観に行った「ロッキー4」は歩きながら何度も繰り返し思い返していた。
ストーリー、音楽ともに勇気や情熱が湧いてくる映画だ。
好きな歌の歌詞もよく覚えていて、高校時代明け方に起きた時によく聴いていた歌は想定訓練中でも、山で夜明けが近づくと思い出した。
考えてみればレンジャー訓練以外のことは、心を奮い立たせるような記憶だけに削ぎ落とされていたように思う。
また訓練期間中は次から次へと先を見据えていなければならず、眠りにつく時でさえ過去を振り返っている暇がなかった。過去を振り返らず、ただ明日のための今に集中せざるを得ない状況で、遠い未来のことなど消し飛んだ。
そして自分がレンジャーになろうと思った原点であり、指標であるレンジャーバッジにすべての照準が合っていた。
不可能と思えることの先にこのレンジャーバッジがある。近づく者に人間の限界に挑戦しろと要求してくる。
こいつを手に入れるにはそれを超えなければならない。
そしてだからこそ、それを手に入れればすべてが変わる。
不可能に思えることが一度でも可能なことに変わればいい。
そのことにはどんな代償でも払う価値がある。
無茶なことでもやれる。すべてをひっくり返せる。
たとえぼろぼろになっても、真に自分を生かせる道だ。
こんな方法を選んだ俺はバカかもしれない。
もっと別の賢いやり方もあるだろう。
だが自分にできる最大限のことは、自分のこの身をもってレンジャー訓練に飛び込むことだった。
そしてそれを乗り越えることだった。


   ← 戻る | 体験記目次 | 続き →  


コメント

このブログの人気の投稿

DOPPELGANGER(ドッペルギャンガー)825 ALACREを購入

ロードバイク風折りたたみ自転車の「DOPPELGANGER(ドッペルギャンガー)825 ALACRE(アラクレ)」を買った。諸事情により、車に積める折りたたみ式を探していたらその自転車にたどり着いた。車に積むのだから20インチまでの自転車をイメージして探していたのだが、調べているうちに26インチのクロスバイクでも折りたたみ式があることを知り、走りにも欲が出てきた。 Amazonで検索するとロードバイクのカテゴリーで折りたたみ式のものがベストセラー1位となっていた。カスタマーレビューを見ると良いところも悪いところも詳しく書いてあって信頼できそうな意見が多数。安価でしかもフレームを折りたたむのだから高性能は期待しない。しかし安物買いの銭失いということもある。さらにネットでいろいろ調べていくとやはり安価なロードバイクはいろいろと問題が多いようだ。 ただドッペルギャンガーという自転車に関しては、自分でメンテナンスができれば自分の使用目的には耐えうると判断した。普段は1日に多くても10km程度の走行で雨天では使用しない。1~2kmの距離ならもっと手軽で小径のものを選んだろうが、10kmとなるとドッペルギャンガーの700Cタイヤサイズに21段変速は魅力的だ。 というわけでAmazonで注文、2日後に到着。検品をして、分からないことは全てネットで調べながら組み立てた。前輪を付け、同時に注文しておいた整備用スタンドに立て、サドル、ペダル、ハンドル、付属のLEDライトにベル、ワイヤーロック、反射板を付け、雨上がりに乗れるように別売りの泥除けを付け、付属のLEDライトでは夜間暗いだろうから別に購入しておいたもっと明るいライトをもう一つ付け、組み立て完了。次に前後のキャリパーブレーキ調節、変速機の調整、サドル高さの適正位置微調整、タイヤに空気を入れ、最後に錆びそうなネジやボルトにグリスを塗りながら緩みやフレームに亀裂などないかチェックして整備完了。 さあ試運転、ということで近所をグルグルと走行。ハンドルの低さが気掛かりだったが170cmの自分の身長ではこんなものだろうという感じ。もし高くしたければハンドルの角度調整のパーツ(別売り)で少しは上げられるだろう。走りながらブレーキの効き具合や変速機の具合、ハンドルやサドルの締め付け具合、タイヤの空気圧を確認。ハンドルの向きを...

レンジャー訓練体験記 目次

  陸上自衛隊レンジャー訓練体験記 この体験記は現在の陸上自衛隊からするとかなり古い内容である。また、体験記と名付けているが、作者の体験をもとに作られたフィクションも含めている。ただ出来事はフィクションでもそこで私が考えたこと、感じたことについては全て事実である。しかし、私がまだ若かったこともあり、今では違う考えに至ったこともある。あくまで当時の内面的な記録である。レンジャーを目指す者にとっては、この体験談を通して訓練の過酷さを想像し、ますます自己鍛錬に挑まれることを期待し、体験者にとっては、部隊や年代を超えて心密かに激しく共感しあう同胞が、この日本中に点在していることを知ってもらえれば幸いである。 1. 非常呼集 2. 隊容検査 3. 出撃 4. 潜入 5. 偵察 6. 戦闘 7. 離脱 8. 帰来 9. ベースキャンプ 10. 最終想定へ 11. 100km手前 12. 長距離離脱 13. 終了式 14. 復帰 15. 16.

48km Penny

2年程前、Penny Skateboard(ペニー・スケートボード)で48kmの距離をクルージングしてみた。以前から徒歩や自転車で行った場所にPennyというスケボーを使って行ってみたのである。距離が少し延びたのはスケートボードのやりやすい道を選んだからである。スケートボードを移動手段にすることは日本では一般的ではないが、欧米の都市部ではクルーザータイプのスケートボードの認知度は高い。 Pennyとはスケートボードのブランド名で、小型で軽量で持ち運びやすく、走りは静かで伸びがあってクルージングに適した品質となっている。小さいためトリックには不向きだが乗り心地は大変良い。価格は1万円前後。 私はスケートボードはペニーが初めてだ。ローラースケートなら子供の頃に流行り毎日それで遊んでいた時期があるが、いわゆる横乗りのスノーボードやサーフィンなどはやったことがない。きっかけは、長距離を歩いている時に、緩やかな下り道ではローラースケートみたいなもので滑れば早いし気持ちいいだろうなあと思ったのが始まりだ。そういうもので歩きながら携帯できるものはないかなあと。 早速ネットで調べると、ミニクルーザーのPennyというスケートボードがあるのを知った。Pennyの同等品にStereo社のVinylCruiser(バイナルクルーザー)もあったが、YouTubeを見るとPennyの方が圧倒的に参考動画が多いので迷わずPennyを購入。 42歳にして初めてスケートボードに乗った。評判通りの滑らかさで、最初はデッキに両足で立つだけでも苦労した。練習開始数分で大転倒しスケートボードの洗礼を受けた。肘を強打し激痛に耐えながらデッキへの乗り降りから始めて、次にプッシュの練習をした。日を重ねるごとにだんだんバランスがとれるようになり、足を置く場所や体重のかけ方も分かってきて転倒への恐怖心はいつしか消え、滑ることの楽しさが増していった。 ポンピングで前へ進めるようになってからは、まるで水面を進むような感覚を覚え感動した。Pennyでクルージング(巡航)をする、という表現は間違っていない。緩やかな下り道で右に左にターンしながら風を受け、静かにのんびりと滑ればとても心地よい。Pennyの醍醐味はいろんな景色の中を風を切りながら滑り抜けていくことだと思う。 購入して2ヶ月経った頃、以...