ベースキャンプ

 俺達のレンジャー訓練隊には「レンジャー数え歌」という歌がある。
「ひとつとせ 人の嫌がるレンジャーに 好んで来るよな バカもいる」
「そいつは剛気だね そいつはレンジャーだね」
「ふたつとせ ふいて磨いた半長靴 腕立て100回 また100回」
「そいつは剛気だね そいつはレンジャーだね」
レンジャー訓練の苦しさを明るく吹き飛ばすような歌だ。
一から十までの数え歌をみんなで歌いながら、今までやってきた訓練を思い起こした。
教官、助教も自分が学生だった時のことを思い出すだろう。
皆同じ経験をしてきているのだ。
そして左胸に付いているレンジャー徽章を勝ち取り、今こうして教官、助教としてレンジャー訓練に関わり続けているのだ。
俺は自衛隊入隊当時にレンジャーの存在を知り、自分も志願することができると分かった瞬間、挑戦を決意した。
初めてレンジャー隊員を見たときは、同じ人間とは思えないような異様な印象を受けた。顔つきや物腰から漂う雰囲気が、今まで見たどんなタイプの人間とも違って見えた。野性味と上品さを兼ね備えているような印象とでもいおうか。よくわからないがその迷彩服の姿が強く心に刻まれた。
彼らの左胸にはレンジャー徽章があった。強くなりたかった俺は素直に憧れた。入隊当時はよく何も知らないで全く無謀な考えだったと思う。
だが、それからというもの俺は毎日自分を鍛えに鍛えた。中隊の訓練が終わってからも夜走ったり、筋トレをしたりした。雨でも雪でも走って走って、両足が疲労骨折を起こした。
中学高校とまともにスポーツをしてこなかった俺のからだは悲鳴を上げた。
とにかく馬鹿みたいに鍛え、入隊して10か月後にはレンジャー志願を上司に受け入れてもらった。レンジャーについては知れば知るほど不安になったが、逆にそれについていけたら俺は変われると思えた。
レンジャーバッジを手に入れることが、自分にとっては不可能を可能にする程の強さや栄光の証しだった。
レンジャー隊員は、訓練する技能の分野は多岐にわたり、限界に挑戦し、どんな困難をも克服して任務を完遂する能力を修得し、不屈の精神力を練成する凄まじい訓練を受ける。
その訓練を修了したことの証しとしてレンジャーバッジが授与される。
そのバッジと共に、手に入るものは計り知れない。
手に入るものとはもちろん、形のあるものではない。
「カンパーイ!!」
バーベキュー大会が終わった。後片付けが終われば就寝だ。
次の非常呼集のことが頭をよぎる。
明日はどうなるのか。
食べ物と栄養ドリンクを枕元において寝袋に入った。
非常呼集がかかった時に着替えながらも食べるためだ。
非常呼集の合図は「ピッ」という笛の音だ。
この笛の音がしたら指示された服装でただちに集合しなければならない。
そしていつ終わるとも知れない想定訓練が始まる。
寝袋の中で気持ちを整理しながら眠りについた。


  ← 戻る | 体験記目次 | 続き → 

コメント

人気の投稿