隊容検査

作戦や潜入経路などが決まり、これから隊容検査を受ける。
服装や武器弾薬、荷物のチェックだ。
全員整列。助教達が一人ひとり学生を検査する。
不備があると腕立て伏せなどの体力練成が始まる。
なるべく指摘事項が少ないことを願った。
皆が持ち物のあちこちにタバコやアメ、キャラメルなどを隠している。
助教もそれを見つけようと細かい場所まで全て調べる。
見つかると大変な事になる。
例えばアメが見つかったとすれば、もちろんアメは没収され代わりに罰として2~3kgはある石にマジックで〈アメ〉と書かれて、背のう〔背嚢, ザック〕に入れられてしまうのだ。
そのリスクは皆承知で持っていこうとする。飢えの体験がそうさせる。
「こんなところにチョコレート入れやがって」
助教の声だ。誰かが見つかった。
代わりにでかい石を渡される。
他にも携行品の脱落防止の不備や、防水処置の不備など、あちこちで指摘されている。こういう基本的なことができていないと助教は怒る。
俺もいろいろと指摘されたが、お守りの中のタバコと襟の裏のカフェイン(眠気防止の錠剤)は今回は大丈夫だった。後日の想定訓練では見つかってしまったが。
さて隊容検査が終わり、指摘事項の数に応じて全員揃って腕立て伏せが始まった。
これがなかなか簡単には終わらない。
「ロク!……シチ!……ハチ!……」
一で腕を曲げて、二で上げる。顔は起こす。
だんだんからだが支えられなくなってくる。
「声が小さい!」「しっかり腕を曲げろ!」
助教達の声が飛ぶ。上から押さえつけられる。
蹴りも入る。
「腕曲げろコラァ!」「姿勢とれんのかコノヤロー!」
誰かが起きられなくなった。
腕を曲げた体勢のまま、維持する。数は数えられない。
なんとか全員が姿勢をとる。数が数えられる。
だが彼は限界のようだ。必死で腕立て伏せの姿勢をとっているが苦しそうだ。
助教が追い討ちをかける。
「テメー!役者か!?」「役者ヤローが」
〈役者〉とは苦しそうにしている俺達学生に対して使われる軽蔑の言葉だ。
精神的にもどんどん追い詰める。
「貴様のせいで全員が苦しんでるんだぞ!」「終わらねーだろ!」
「テメーはとっとと帰れ!」「原隊復帰(リタイア)しろ!」
容赦なく助教らの罵声が飛ぶ。
だが彼はもう、からだが言うことを聞かないようだ。
助教達の矛先が同期の俺達全員に向けられる。
「おいお前達!あいつは原隊復帰するそうだ」
今まで黙って見ていた教官が声を荒げて言う。
「お前達!黙って見ているだけか」
学生長が叫ぶ。
「レンジャー加藤(仮名)!がんばれ!」
皆で声を出し合う。
「あきらめるな!」「立て!」「がんばれ!」
皆人を励ませる力の余裕があるわけではない。今は彼がヘタっているがいつ誰がそうなってもおかしくはない。こういう状況では個々の能力の差はなくなってしまう。どれだけ鍛えても人間の限界というものがある。
俺達は一心同体、お互いに命をあずけあう仲間だ。仲間どうし支えあう気持ちが、最後の力を呼び覚ます。
ぶるぶると震えながら彼がもちなおす。
再び腕立て伏せの数が数えられていく。
そしてなんとか激痛に耐え、終わった。
助教の一言が耳に刺さる。
「出撃前にかなり体力消耗したな。バカなやつらだ」
そう、これから山に入って食べれない、眠れない、飲めない、休めないという日を送るのだ。
こんなへろへろの状態で始まってしまった……
時は待ってくれない。
再び出撃の時が来た。


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