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46kmサイクリング

自宅とある目的地との往復46kmを自転車(ママチャリ)で行ってみた時のこと。前回は徒歩だったが自転車で行った場合はどんな感じかやってみた。市街地や用水路沿い、国道、河川敷を走った。行きは2時間、帰りは緩やかに登っているため3時間かかった。早朝に出発して昼には帰宅した。

自転車で行った感想はとにかくお尻が痛かったということ。1時間も乗っているとヒリヒリしてきて苦痛だった。ママチャリだからしっかりサドルに体重がかかるのが原因だろう。

服装は作業ズボン、Tシャツ、デニムシャツ、サングラス、普段履かない靴底の減ったボロ靴。持ち物はリュックサック、お茶、地図、ボールペン、着替え、携帯電話、デジカメ、必要最小限の小銭、おやつ、タオル、絆創膏、ゴミ袋、家の鍵、小型空気入れ。

自転車は基本的に車道を左側通行しなければならないが、歩道を通行する場合は相互通行可である。その場合車道寄りを通行するということ。歩行者用路側帯は自転車は通行できない。普通の路側帯、駐停車禁止路側帯の場合は車道の左側通行だ。自転車はちょっと分かりにくい。

警視庁ホームページ(http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kotu/bicycle/five_rule.htm)によると、

■歩道と車道の区別のあるところは車道通行が原則

■自転車が車道を通行するときは、自動車と同じ左側通行

■一方通行道路で「自転車を除く」の補助標識があり、自転車の規制が除外となっている場合は逆行可(道路の左側を通行)

■普通自転車が歩道を通行することができる場合

  • 歩道に「普通自転車歩道通行可」の標識等があるとき
  • 13歳未満の子どもや70歳以上の高齢者、身体の不自由な人が自転車を運転しているとき
  • 道路工事や連続した駐車車両などのために車道の左側部分を通行するのが困難な場所を通行する場合や、著しく自動車の通行量が多く、かつ、車道の幅が狭いなどのために、追越しをしようとする自動車などの接触事故の危険性がある場合など、普通自転車の通行の安全を確保するためにやむを得ないと認められるとき

■自転車が歩道を通行する場合は、車道寄りの部分を徐行しなければならないが、歩道では自転車同士による相互通行することが可能

■自転車道があるところでは、道路工事などやむを得ない場合を除き、自転車道を通行しなければならない


感覚としては、自転車は車道を走る場合は原付のようで、しかし道幅や駐車車両の問題などで車道を通行することが危険な場合は歩道を通行してもよい、その場合右側通行も可、その他標識をよく見て走れ、という感じかな。あと二人乗り禁止、並進禁止、飲酒運転禁止、夜間無灯火禁止、交通頻繁な道路では傘さし運転禁止(愛知県の場合)など。

車道の右側通行が、路側帯では禁止になったが、歩道の場合は可能であることは周知されていないと思う。歩道の通行は例外であると強調するあまり自転車は全面的に左側通行になったと勘違いしている人もいると思う。周知されていないうちは歩道での自転車同士による出会い頭の衝突事故を避けるためにもなるべく左側を通行したほうが良さそうだ。

あと、自転車を走らせていて特に気になったことは、自動車の右左折時に反対方向にハンドルを切ってから曲がる運転手が多いということ。これは大型自動車や貨物自動車のことではない、軽自動車を含む乗用車のことだ。例えば左折の場合、交差点手前で運転手が顔を左に向けたままハンドルを右に切り、右側に大きく膨らみながら左折するというように。左側が空くから二輪車が巻き込まれる危険があるし、右側の車線を走っている車や対向車との接触、あるいは一方通行の道であれば右側の歩行者や自転車などとの接触の危険もある。

左折時の内輪差を気にしてのことだろうが、それ以上に右側に危険な状況を作り出しているのだが、顔は完全に自分の曲がりたい方向しか見ておらず気づいていないのだから厄介だ。自動車学校では、交差点の手前で曲がりたい方向にあらかじめ寄せて二輪車の巻き込み防止をしなければならないと教えられたと思うが、その逆をやっているのだから大変危険だ。

以前目撃したことだが、一方通行でロードバイクの人が道路の左側を走行中、交差点手前でロードバイクに追いつきそのすぐ横を走行しながら右折のウインカーを出し(自動車は直進できない交差点だった)減速し始めた乗用車があった。交差点の信号はずっと青でロードバイクが交差点に進入しようとしたところ、交差点に差しかかったその乗用車が急に左にハンドルを切ってきたため、ガードレールと車との間に挟まれそうになり、ロードバイクの人がとっさに窓ガラスを叩いて事故を回避した。片手運転になりバランスを崩して転倒しそうになっていたが、乗用車はそのまま走り去った、ということがあった。

自動車が膨らんで曲がることはよく見かける。これは人の技量の問題だろうから自動車に自動制御装置が付くなどの技術革新がない限りなくならないだろう。ならばそれを予測して走ろう。歩行者や自転車は自動車の様々な危険運転を想定して、自分の身は自分で守らなければいけない。相手は鉄の塊なのだから。もちろん自動車だけでなく、迷惑な歩行者や危険運転の自転車も道路を長く走っていれば必ず遭遇するものだ。自然災害は別として人為的な危険は予測してみよう。徒歩や自転車を楽しむために、一つでも予期せぬ危険を減らしたい。

自転車はその気になれば結構遠くまで行くことができる。雨さえなければ気分爽快、自分の足で漕いで行く達成感もある。その素朴な遊びを楽しみ、無事に家に帰るために。



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